ベネトンのランドセル

ベネトンと言えば俺は「F-1」を思い出す。俺たちが熱狂していた80年代後半から90年代、今は亡き、アイルトンセナ、アランプロスト、ナイジェルマンセル、ベルガー、ヒル、中嶋悟など、二輪ロードレースと共にモータースポーツが熱い時期、異色を放った、あのグリーン、イエロー、ブルーのカラー、あれこそベネトンのカラーだ。ついでに言うとコンドームもベネトンの男子も多かろう。
そんな奇抜なメーカーが作るランドセルとはどんなものか、俺は興味を持った。
俺の子供は黒×青、もう一人が青×青、あんまり具体的に言うと子供の人数がバレルのでこの辺にしておく。様々な色があるといっても、さすがに俺のイメージしているベネトンカラーほどの奇抜さはない。
しかし、俺の調査の過程ではさすがのベネトンでもそこまでのカラーリングはしていなかった。2013年度版では4色。男の子用、黒とチョコ。女の子用、ビビットピンクとチョコ 。
型押しされたロゴやアクセントカラーなどの色使いが、さりげないのにとってもオシャレ。そこんとこはさすがベネトンのランドセル。傷にも強く、軽いエアロタフガードという素材を採用している。価格は40000円前後である。
しかし、いつの日か、あのベネトンカラーのランドセルを見てみたい!!

ベネトンカラーに +1 !



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